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人生で一番長い日 2

祈りは通じるはず・・・

小さな命が救急車で運ばれるのを見送り、分娩室へ戻った。真理子は胎盤がなかなかとれず、おなかの状態が良くなかったと医者からの説明を受けた。

出来るだけのことはやりましたと言うことと、NICUのトップの医者を電話でたたき起し、お願いしたからあとは赤ん坊の生命力にかけるしかないということ。

10月11日 3:20AM
真理子を部屋に移した。空恩は1:25AMから寝ていない。

『ママと一緒に寝てる?』
と聞くと
『僕も一緒に病院行く』
という。空恩なりに、兄として責任を感じているのだろうか。

空恩を連れて、NICUのある神戸中央病院へ急ぐ。
助手席に座る空恩に
『寝ていいんだよ。疲れただろ?』
と聞くと、
『大丈夫。眠くない』
と首を横に振る。

3:40AM
病院に到着し、案内で新生児が救急で運ばれたと思うんですがと聞くと、7階にいるという答え。
エレベーターで7階に行くと、すっかり静まり返っている。
看護婦を呼び出し、ささやき声で赤ん坊のことを聞くと、医者が出てきてくれた。

とりあえず現状を説明された。一命は取り留めたものの、どれだけ障害が残るかわからないという話だった。呼吸はまだ浅いため、酸素を送り込むためのカバーをして、左手には点滴、栄養を送るために鼻にもチューブが差し込まれていると。
入院に際して、いろいろと書類にサインをしないといけなかった。
 入院診療計画書
 行動制限に関する同意書
 経鼻経管栄養法に関する同意書
 輸血・血漿成分輸注に関する説明書
にサインをし、入院はいつまでになるかは現時点では未定という話だった。また入院手続きは後日じゃないとできないということだった。

4:30AM
NICUには親しか入れない。空恩も入れないので、ガラス越しでの面会となった。

小さな体はチューブに覆われ痛々しい。

baby002

空恩と一緒に
『早く元気になるんだよ』
と言うことしかできなかった。後は生命力にかけるしかない。

10/11 5:00AM
家に着くころ空恩は寝てしまった。そりゃそうだ。運動会で疲れているはずなのに、夜中に起こされ、ずっと一緒に走り回っていたんだもの。
空恩を抱き抱え家につき、とりあえず寝ないとと思い空恩と横になる。

6:40AM
寝たいと思うがなかなか寝れない。ウトウトとしていたところで携帯のバイブで起こされた。真理子のお母さんからで電話してほしいというメールだった。

リビングに行き、電話をかける。ついさっきの出来事がまるで遠い昔のような不思議な感覚に襲われながらいきさつを説明した。ついでに実家にも電話して状況を説明。電話を切ったのは7:30AMだった。

また寝ようと思ったのだが、体はいつも通り動きだし、結局寝れなくなってしまった。空恩は出来るだけ寝かしてあげたかったので、とりあえずテレビをつけて時間をつぶした。テレビは全く頭に入ってこない。

病院でとった写真をPCに取り込み、眺めていた。ボーっと眺め、出産の場面を思い出していた。
涙があふれてきた。目をつぶるとCPRの場面がくっきりとまぶたの裏に焼き付いている。
あれからまだ6時間ほどしか経っていないのかと思った。この6時間にいろいろなことが起こりすぎた。頭は一杯一杯だった。

涙をふき、テレビを眺め、PCを見てまた涙を流しを何回か繰り返し、やっと頭が回転し始めた。面会時間は1:00PMから。それまでに空恩にご飯を作り、いろいろとやらなきゃならないことを片付けた。

5:00AMに寝た空恩は11:00AMには起きてきた。
現実逃避したい気持ちもあり、空恩と散歩に出かけた。空恩に説明をして、ワタシも心の整理ができた。

2:00PM
真理子を迎えに産婦人科に行く。出産翌日でも外出許可が出たので、赤ん坊を見に行くことにした。NICUではほんの数時間前と同じ状態だった。赤ん坊は痙攣が出たため、座薬を入れていると。脳の検査はまだだったので、けいれんの原因が何かということまではわからない状況だった。

ほとんど動かない赤ん坊。酸素用フェイスマスクのおかげか、体の色は生まれた時とは比べ物にならないほど赤みを帯びていた。見た目は元気そうだったのが唯一の救いかな。

『大丈夫。早く元気になれ』

家族4人で早く家に帰りたかった。ただそれだけだった。

真理子を産婦人科に送り届け、空恩と2人で家に帰ってきた。
空恩はまだ状況を判断できているわけじゃない。

『ママ大変だね。赤ちゃん大変だね』

ということはわかっているが、どこまで深刻かは理解できていない。そりゃそうだ。3歳児にわかるわけがない。ただ、本能的に自分がしっかりしないといけないということは感じていたようだ。だから5:00AMまでがんばって起きていられたんだろう。

空恩と一緒に横になったのは9:00PM過ぎだった。

長い1日がようやく終わった。

ワタシには何ができるのだろう・・・
父親として何ができるのだろう・・・

空恩を抱きしめながら深い眠りについた。
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2009-10-18(Sun)
 

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