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人生で一番長い日

それは、あっという間の出来事であり、でも今までの人生で一番長く感じた1日だった。

ワタシには何ができるのだろう。
何をしてあげれるのだろう・・・

10月10日 10:00過ぎ
空恩の運動会が終わり、家に帰ってしばらくすると真理子の様子がおかしい。おなかが痛いという。運動会でずっと立ってたからか、お腹が冷えたか。横になり、布団をかけるとお腹の痛みも治まってきたようだ。

『なんかあったら言ってよ』

運動会で予想以上に疲れたのでいたので、そう言って部屋の電気を消し、眠りについた。

10月11日 1:25AM
それは突然の出来事だった。
真理子は今まででも見たことないほどに苦しんでいた。

『電話。とりあえず電話する・・・』

受話器を取り、電話をかけ、状況を説明する。
痛みはますますひどくなるようで、とても気休めになる言葉は見つからない。顔はゆがみ、少しでも動くのがしんどそうである。

寝ている空恩を無理やり抱え、車を取りに行く。真理子は必死に痛みをこらえながら動き出した。空恩のときのように徐々に痛くなるわけではなく、今回の陣痛はいきなりのクライマックスだったようで、本人もどうしていいかわからない状態だった。

このままではいかん。と思いながらもどうしたらことがスムーズに運ぶか頭が回らない。夜中1:30に起きていきなりのフル回転も難しいのはわかっているが、荷物を抱え、空恩を抱え、なんとか車に乗り込んだ。

真理子の表情からは苦しさしか伝わってこない。

『まだ駄目だよ。もう少しで病院だから』

と当り前のことしか言えない。産婦人科まではそんなに遠くない。普通に走っても10~15分といったところ。深夜1時半には車も少ない。アクセルを踏む足にも力が入る。真理子の状態を考えると一刻でも速く病院に連れて行きたかったが、目の前に光る青のライトが黄色に、そして赤に変わる。

『なんでこんな時に・・・』
『もう少しだから。もうちょっと我慢して・・・』

後ろで悲鳴にも近い声を上げる真理子を見て、空恩もどうしていいかわからない様子で呆然としている。

1:40AM
病院の入口に横付けしてインターホンを押す。

『はぁい。上がってきてくださぁい』
とややおっとりした声。
『手を貸してもらえますか?降りれないんです』

車の中で破水したため、少しでも力が入ると赤ん坊が出てきてしまう感じがするらしい。
看護婦が出てくるまで待てないため、車に戻り、真理子を抱っこして病院へ向かう。

看護婦はワタシ以上にテンパった様子。とりあえず真理子を待合室のソファーに座らせた。分娩室は2階。真理子は、

『ここで産むぅ』
『まだだめだよ。2階までがんばれっ』

事務所から持ってきたキャスター付きの椅子に乗せ2階へ運び、何とか分娩台へ。

医者は驚いていた。羊水はひどく濁っていて、普通じゃないことは一目瞭然だった。赤ん坊の心拍はほぼ読み取れない。

『最悪の状況を考えておいてください』

と痛いほど真っ直ぐな視線はワタシに向けられた。

すでに心肺停止状態だったため、1秒でも速く外に出して処置をしないとどうすることもできない状況だった。

『踏ん張れぇぇぇぇ。もっと踏ん張れぇぇぇ』

と休みなく力ませる。すでにグッタリしている胎児を引っ張り出した医者は、

『だめだ・・・死んでる・・・無理かも・・・』

ととぎれとぎれ言葉を発する。その声を聞いて真理子は

『いやぁぁぁぁぁぁぁ』

と嗚咽混じりの悲鳴を上げる。

『こっちもできること必死でやってんだからちょっと静かにしてくれ』
と医者の一喝。

医者もテンパっていた。

空恩を抱え、真理子の手を握り、何回『大丈夫』と思ったことか。
でも一度も口にできなかった。
声にしたら小さい命は消えてしまいそうで怖かったんだ。

まったく生気のない紫色の体は医者の手で何十回も押しつぶされた。その小さな体が半分につぶれるほど何度も何度もつぶされた。でも泣くことも手足を動かすこともなかった。

10月11日1:50AMに生まれた小さな命。
医者はずっとCPRを続けていた。時に体をさすり、またCPRをするというローテーションを繰り返していた。途中で看護婦に『大先生を呼んでくれ』と別の産婦人科医を応援として呼ぶように命じた。

どれくらいの時間が経ったのだろう。もう一人の産婦人科医が現れ、交替でCPRが行われた。

肺に羊水が入り込み、呼吸困難、心肺停止。
なんとかCPRを行い、自発呼吸できるまで回復した。後で聞いた話だと赤ん坊が呼吸を始めたのが6分後ということだった。

6分も無呼吸状態でいた赤ん坊はその後救急車に乗せられ、NICUに運び込まれた。救急車に乗ったのは2:40頃だった。一緒に行ってやりたかったが、車内でCPRをするのに邪魔になるということで、赤ん坊だけ救急車で連れて行かれた。

『大丈夫』と言葉にできたのは赤ん坊が自発呼吸を始めてからだった。でもそれは無理やり自分に言い聞かせていただけだったのかもしれない。暗示をかけないとやはり不安で怖くてしょうがなかったんだ。

父親として何もしてやれない。同じ空間にいながら助けることもできない。触ることすらできない。
ぐったりした紫の小さな体を見てるだけで、何もすることができない。

この子がお腹にいた10か月。元気に生まれる姿を想像していたのに、なんでこうなってしまったのか。

3:00AM
ワタシは空恩をギュッと抱きしめ自分の無力さに唇をかみしめていた。

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2009-10-17(Sat)
 

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